こころの健康だより №.144 2025年10月発行 特集 「若者の生きづらさ」 もくじ ●若者の生きづらさの現状と課題 ●いじめ被害と子ども達の心 ●若者の SNS の現状と課題 ●東京都における若者の自殺対策について 若者の生きづらさの現状と課題 筑波大学人文社会系教授 土井 隆義 ●トー横に集まる若者たち 新宿区歌舞伎町の一角に、通称トー横と呼ばれ、夜な夜な若者が集まって戯れている場所があります。繁華街で戯れていると聞くと、かつての暴走族のような非行集団を知っている人たちは、社会や学校、家庭に対して大きな不満をため込んだ若者が、気勢を上げるために集まり、みんなで羽目を外している光景を想像するかもしれません。しかし、それは現実の姿とやや異なっています。 たしかに彼らの中には、地元にはない新たな出会いと刺激を求めて、いわば興味本位でやって来る者もいます。しかし、むしろ多いのは、助けを求めるかのように安心できる居場所を探してやって来る者たちです。彼らが抱えているのは、学校や家庭といった囲い込まれた檻から解放されたいという願望ではなく、逆に安心していられる居場所に包摂されたいという願望です。彼らを突き動かしているのは、不満ではなく不安なのです。 トー横に集まって来る若者には、リストカットやオーバードーズのような自傷行為の経験者も数多くいます。地元で経験しているだけでなく、トー横の路上でもそうした行為が散見されます。もちろん、その多くは死を企図したものではなく、むしろ不安を紛らわせて生き抜いていくための行為です。しかし、何度も繰り返しているとその鎮静効果は次第に弱まり、傷はより深くまで、薬はより多量になってしまいがちです。そして、やがて死亡事故に至ってしまうこともあります。 こうした若者は、かつての不良のようにやんちゃな非行を繰り返しているわけではありません。おとなしく静かに自らの生きづらさを抱え込んでいます。そのため大人の目には留まりにくいのですが、近年、犯罪白書が示すように刑法犯で補導される未成年が少年人口比で約0.2%であるのに対し、全国高等学校PTA連合会の調査では自傷行為の経験がある高校生は生徒人口比で約10%と、補導される少年の50倍です。そして、その一部がトー横のような居場所を目指していくのです。 ●社会の変化と不安の増大 若者がトー横に集まるようになったのは、コロナ禍が深刻化し始めた2020年の春からです。パンデミックを押さえ込むための施策によって、人びとのつながりが大きく変わったといわれる時期と重なっています。ステイ・ホームによって家庭での人間関係はより濃密なものへ、ソーシャル・ディスタンスによって会社や学校での人間関係はより希薄なものへと変化したのがこの頃でした。 ステイ・ホームが養育上の困難を抱えた家庭でのDVや虐待を、ソーシャル・ディスタンスが社交の苦手な人たちの社会的孤立を、それぞれ深刻化させる引き金となったのは事実でしょう。その影響下で、子どもの不登校や自殺もこの時期に大きく増えました。しかし改めて統計を眺めると、じつは不登校も自殺もすでに1990年代後半から増え始めていたことが分かります。コロナ禍に対する施策は、それを加速させたにすぎないのです。 1990年代後半は、日本の歴史にとって大きな転換点でした。たとえば国民一人当たりのGDP の推移を見ると、それまでほぼ右肩上がりだったものが、この時期を境にほぼ横ばいへと転じています。私たちが受け取る実質賃金も同じです。坂道をひたすら上り続けた時代から、平坦な高原を歩き始める時代へと、社会全体が大きく変貌したのがこの時期だったのです。そしてこの変化は、人々の人間関係にも影響を与えてきました。 みんなで山頂を目指していた時代の日本では、固定的な関係のほうが安定しやすく、目標実現のために効率が良かった面もあります。地域も会社も学校も家庭もそうでした。また成長期の社会では、今日とは異なった輝かしい明日を想像しやすく、大志を抱く血気盛んな若者は、その野心を妨げる固定的な枠組みに不満を募らせがちでした。そのため、その檻から解放されて外部へ羽ばたきたいという願望から、社会や大人に反抗を示して問題行動を起こすことも多々ありました。 しかし、社会が高原期に入ると、固定的な関係は時代に適合的ではなくなります。人びとが歩みを進める方向は千差万別で、価値観も多様化しました。そのため、旧来の組織や制度の正当性も失われてきました。こうして人間関係が揺らぐ中で、また明日も今日の延長としか思えず輝かしい未来を想像しにくい平坦な時代の中で、大きな不安を抱え込んだ若者は、その不安を払拭して根を下ろせる居場所が欲しいという願望から派生した問題行動に強い関心を示すようになったのです。 ●関係の内閉化と同調圧力 私もメンバーの一人である社会学者の研究組織の青少年研究会の調査によると、「自分らしさを強調するより他人と同じことをしていると安心だ」と回答した若者は、2012年の約35%から2022年の約46%へと増えています。社会の枠組みや人間関係の流動化が進むにつれ、仲間内での同調圧力も下がっていくかと思いきや、逆に高まっているのです。また、その結果として、「仲のよい友人でも私のことをわかっていない」と回答した若者も、2012年の約28%から2022年の約34%へと増えています。 つながり孤独と形容されるように、仲間はいるのに本音を出せず、疎外感を拭えない若者が見受けられるようになったのは、不満よりも不安を抱えがちな若者が、互いに似通った価値観を持つ仲間だけで関係を固く閉じた狭小な世界を生きようとする傾向を強めてきたことと関係があります。そのほうが、少なくとも一時的には関係が安定しやすく、また、自分の生き方に対する周囲からの承認も表面的には得やすいと感じるからです。 ネットの発達によって若者の人間関係は広がったように思われがちですが、このようにむしろ逆に狭まっているのが現実です。事実、同会の調査結果をみると、「知り合い程度の友だち」の人数の平均値は、2012年の約75人から2022年の約 54人へと大幅に減少していることが分かります。 しかし居場所の狭小化は、限られた仲間同士の間での承認競争を招きがちです。狭い居場所の中で日々を送っていると、そこから外されたらもう生きる場所がないという切羽詰まった思いを抱えやすくなるからです。そんな状況下で、もはや地元の居場所には安心できる空間も時間も見出せないと悟った若者が、トー横のような場所にその代替の安住地を求めて集まって来ているのです。 ●居場所の多様性の大切さ かつて制度的な枠組みに人間関係が縛られていた時代には、一人でいることはその束縛からの解放を意味し、「一匹狼」と羨望の的にもなりえました。しかし、いまや一人でいることは承認相手の欠如を意味し、「ぼっち」と軽蔑の的にすらなってしまいます。そのため、たとえ友人がいたとしても、互いの内面を吐露し合ったり悩みを打ち明け合ったりすることも難しくなっています。周囲から浮いてしまったり、仲間に迷惑や負担をかけたりしてはまずいと考えるからです。それを契機に関係から外されたら、自分が生きる場所はもうどこにもないと思い込んでいるのです。 前世紀の若者が「私を見るな」と訴え、問題行動を起こしていたとすれば、今世紀の若者は「私を見て」と訴え、問題行動を起こしているといえます。だとすれば、その対策として有効なのは、彼らの行動範囲を広げ、居場所の多様性を確保していくことのはずです。多様な居場所があれば、特定の仲間だけに依存し、承認を求めなくても済みます。また異質な他者から刺激を受けて、自分の新たな可能性にも気づくこともできます。 いじめ被害と子ども達の心 若者が異質な他者と出会う機会を広げていくことは、社会の制度設計でいくらでも可能なはずです。たとえば、当初は貧困家庭の子どもを支援するためだった子ども食堂も、昨今では様々な階層の子どもが出会える場として、さらには高齢者とも交流しあえる場として、大きな変貌を遂げています。いま私たちには、このような仕組み作りの創意工夫が求められているのだと思います。 いじめ被害と子ども達の心 東京医科大学 精神医学分野 主任教授   東京医科大学病院 こどものこころ診療部門 桝屋 二郎 2023年度のいじめ認知件数は732,568件であり3年連続過去最高を記録しました。2020年度には新型コロナウイルス感染症による休校やステイホームが影響して認知件数は減少したのですが、同年の「ネットいじめ」件数は過去最高を記録しており、いじめの現場が社会や子ども達の変化に影響されて移り変わっていく様相も確認されています。現在のいじめは学校現場だけではなくネットの中で発生することも多くなり発見もしづらくなってきているのです。 いじめを理解するために有用な概念として「いじめの4層構造」というものがあります。いじめの構成メンバーには「直接的な被害者」と「直接的な加害者」の他、直接的な加害者によるいじめ行為を囃し立てるなどして結果的にいじめ行為を助長させる「観衆」と囃し立てたりはしないもののいじめ行為を黙認することで消極的にいじめ行為を遷延化させる「傍観者」が存在しているというものです。国立教育政策研究所の調査結果によれば、暴力を伴わないいじめについて、小学校4年生から中学校3年生までの6年間で、被害経験を全く持たなかった児童生徒は1割程度、加害経験を全く持たなかった児童生徒も1割程度でした。これは被害者と加害者が多く重複していることを意味しており、児童生徒が入れ替わり立ち替わり被害や加害を経験していることになります。これはいわゆるスクールカーストなど、子ども達のパワーバランスの複雑さも反映していると考えられます。いじめ被害を受けたり目撃したりすると、自分が被害者になったり、自分のスクールカーストの地位が下がったりすることを恐れるあまり、いわば自分を守るために、いじめに加担してしまうのです。 いじめを受けると長期的にも様々な影響を受けることが判明しています。小児期の健全な発達の過程に逆行するような辛い体験を小児期逆境体験(ACEs: Adverse Childhood Experiences)と呼ぶのですが、米国での大規模研究(ACEs Study)によってACEsが被害者のその後の人生に大きな悪影響を与えることが明らかになってきました。ACEs Studyによると小児期は脳を中心とする神経系が未熟であるがゆえに、ACEsから生じるトラウマは神経系の正常な発達を阻害します。それが一因となって情緒不安定となったり、社会認知や自己認知に悪影響をもたらしたりします。生きづらさを感じるようになり、反応や代替行為として健康を害する行動(暴飲暴食、暴力、自傷、アルコールやドラッグの不適切摂取、性的逸脱、反社会的行為など)を選択しがちとなり、心身ともに病気になりやすくなったり、社会に適応しづらくなります。ACEsはPTSDのみならずうつ病や不安障害、精神病症状、薬物の乱用など精神科的問題のみならず慢性身体疾患のリスクを高めることや、重い場合には平均寿命を下げることも判明しています。当初のACEs研究ではいじめは対象になっていませんでしたが、後にいじめ被害も重要な項目として追加されるようになりました。 いじめは、その時点での相対的強者が弱者を一方的に攻撃・支配するという構造の中で生じやすくなります。反撃や抵抗や逃亡ができないような従順で控えめな子どもほど被害者になりやすいという傾向があります。被害者には何の落ち度がなくても、加害者の都合や気分で攻撃され、助けもなく、そこから逃れられずに我慢を強いられる歪んだ積み重ねが続くと、無力感の増大や自己肯定感の毀損が強まり、絶望していくようになります。被害から一時的に逃れられたとしても「またいじめられるかもしれない……」という恐怖で心は平穏にならず、ビクビクした状態が続いていくのです。いじめ被害はメンタルヘルスにおいて、短期的には心的外傷後ストレス障害(PTSD)、中長期的には複雑性PTSD、うつ病などの気分障害、不安障害、自傷や自殺を増やす危険因子であることが判明しています。ある研究では、虐待被害はなくいじめ被害を受けた児童は、いじめ被害はなく虐待被害を受けた児童に比べて、青年期に精神的問題(うつ病、不安症、自傷など)を発現しやすかったことが分かっています。これは場合によっては虐待被害よりもいじめ被害の方が後年までメンタルヘルス上の悪影響を及ぼすリスクが大きい可能性があることを示唆しています。このことは同級生同士など、本来は対等であるべき関係性の中でいじめ被害に遭うことが、いかに子ども達の心を傷つけるのかということを示唆しています。私共の研究でも、小児期のいじめ被害体験が、成人期の神経症的特質(細かいことを気に病みやすく、情動的に不安定な特性)、抑うつ的反すう(ネガティブな出来事について繰り返し考えてしまう)特性、不安や抑うつ症状、さらには職業上のストレス感受性や労働生産性低下などと結びついていることが分かっています。また、いじめがしばしば社会問題化する契機となるのが、いじめ被害による自殺です。いくつかの調査でも若者の自殺や自傷の原因としていじめ問題は大きな要因の一つになっていることが判明しています。支援者や周囲の大人は常に自殺リスクに留意しながら支援を構築していく必要があります。 いじめ問題の支援と対策は「A:いじめ防止教育」「B:いじめの早期発見」「C:発見時の被害児童の保護」「D:緊急の再発防止対策」「E:いじめ被害児童の心理的ケア」「F:いじめ加害児童の心理的ケア」「G:いじめ目撃者の心理的ケア」「H:被害者・加害者の家族ケア」「I:長期的再発予防策」というサイクルになると思われます。これらの項目はどれも大切です。いじめの早期発見については前述したようにいじめの現場がネットの世界に拡がりつつあることや、ネットが子ども達にとっていかに大切な居場所になっているか、「(いじめられているとしても)みんなと一緒にいたい。みんなに拒絶されたくない」という子ども達の切実な思いを私たち大人が認識することがとても大切です。そして物言わぬ子ども達の変化を感じ取る感覚やスキルを大人が磨いていく必要があります。子どもが精神的に辛くなった時、「つらい。何とかしてほしい」と言える子もいれば言えない子も多くいます。辛いことや自身がいじめられていることを認識できていない子もいるのです。そして気持ちの辛さをイライラや癇癪でシグナルを出す子もいれば、身体の症状としてシグナルを出す子もいます。こういった子ども独特のSOSを周囲の大人が感知する必要があるのです。 そしていじめを発見した際には、何よりもいじめという法律でも禁止されている深刻な違法行為をされたということを支援者が認識し、被害体験を軽視せず、被害者の思いを心から傾聴し、被害者の安心と安全を守る姿勢を具体的に被害者に見せる必要があります。被害者が「SOSを出してよかった」と思える対応をしないと、被害者は「やっぱり力にはなってくれないんだ」と絶望し、心を閉ざしたり、場合によっては自殺リスクを高めたりすることにもつながりかねません。被害者を守るためには被害児童もしくは加害児童の出席停止や自宅療養も躊躇せず検討すべきと考えます。安心安全な環境を整えた後で被害児童の精密なアセスメントを負担の少ない形で進めていき、どういったケアが最善なのかを多職種や関係機関で協議して、どのようにそのケアを実践していくのかを具現化していく必要があります。ケースによっては私たち児童精神科医にも遠慮なく相談してほしいと思っています。 若者のSNSの現状と課題 独立行政法人国立病院機構久里浜医療センター主任心理療法士 三原 聡子 1.SNSを手放せない若者の現状 毎日、明け方まで友達何人かと無料音声通話で話し続け、昼夜逆転して学校にもバイトにも行けなくなり、当院を受診される若者が増えています。また、深夜、不特定多数の大人との通話がどうしてもやめられない女子小中学生の受診もみられます。 現在のところ、SNSは依存性があるものとして正式には認められていません。しかし、依存の定義は「依存行動+その行動による問題」です。 SNSが手放せなくなって当院を受診される方は、減らそう、やめようと思っても減らせない、やめられないといった「コントロール障害」や、「問題が生じているにも関わらず続ける」、といった「依存行動」が生じています。また、それによって昼夜逆転し、学校やバイトに遅刻、欠席する、といった「問題」も生じています。今後、エビデンスの蓄積がなされれば、SNSも依存性がある と正式に認められるかもしれません。 SNS(Social Networking Service)とは、インターネット上で人と人とがつながり、情報や意見、画像などのコンテンツをやりとりできるサービスのことを指します。X(旧Twitter)やLINE、Facebook、Instagram以 外 に も、 YouTubeやTikTokなども「動画SNS」に含まれます。また、SNSは次々に新しいサービスが出ています。友達全員が現在どこにいるか常に GPSで把握できるようなものや、短時間で投稿が消えてしまうのですぐにレスポンスしなければならないものなど、何をしているときでも常にスマホに注意を払っていなければならないサービスも若者の間で人気を得ています。また、年齢も性別も地域も問わず、不特定多数の人と知り合い、会話をして急速に仲良くなれるようなサービスもたくさん出てきています。そして、そのほとんどが無料で使用できることも特徴です。 総務省情報通信政策研究所が行った「令和6年度情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査」によると、13歳から79歳の男女1,800名を対象とした調査で、インターネットの利用項目別の平均利用時間では「動画投稿・共有サービスを見る」が平日の10代、休日の10代および20代で100分を超えています。また、10代および20 代の「ソーシャルメディアを見る・書く」の平均利用時間が平日で67.0分、休日では80分以上と他の年代に比べて長い結果となっています。 特に若者において、人とのコミュニケーションツールであるSNSの利用時間が長くなり、そして手放せなくなるのはなぜなのでしょうか。 2.手放せない心理的な理由 SNSを手放せなくなる理由としてはいくつか考えられます。 学校での同年代のみとの閉鎖的と言える人間関係よりも、ネット上で様々な年齢、職業、地域の人たちに、同級生には言えないような話、共感してもらえないような話でも聞いてもらうことができ、アドバイスももらえることは、特に学校での人間関係がうまくいっていなかったり、気を張っている子ども達にとっては、救いになっている面もあると思います。また、インターネット上ということで、自分の容姿や年齢、性別などを公開しなくても、人とコミュニケーションできるため、現実よりも気楽に、自由に振る舞うことができる点ものめり込ませる要素としてあるのではないでしょうか。 そして、SNSを手放せなくなった当院の受診者の多くがその理由を「寂しかったから」と言います。現実の人間関係での生きづらさや満たされなさが、SNSにのめり込ませる大きな要素となっているのではないかと思います。さらに言えば、現実の人間関係での満たされなさをSNSで埋めようとしても、満たされることはないために、ますます過剰使用してしまうのではないでしょうか。 私はアルコール依存症の治療にも携わっているのですが、インターネット・SNSへの依存とアルコールへの依存は多くの点で似ていると感じます。現実生活を充実させるために使っているうちは良いのですが、ネガティブな感情をはらすために使用するようになると、徐々にコントロールがきかなくなってきてしまいます。依存状態になると、生活の中での優先順位がSNSが一番上になってしまうこと、常にSNSのことを考えていること、取り上げられたり使用できない環境になると、イライラするなどの嫌な感情が出てくる点なども似ています。現実生活に何らかの生きづらさを抱えている人が依存に陥りやすい点も、共通点であると思います。 SNSの使用によるわが国における課題として、総務省「我が国における青少年のインターネット利用に係る調査」(2024年6月)によると、保護者を対象とした調査でも、青少年を対象とした調査でも、インターネット利用に伴うトラブルのうち、最も高頻度で遭遇している問題は「使い過ぎによって学業や生活に支障が出た」がトップになっています。青少年を対象とした調査では、「他人の投稿と自分を比べてストレスを感じた」「流行に後れないように情報を追いすぎてストレスを感じた」などもあがっています。 3.予防と課題について 各国では子どものSNS使用に関して様々な政策がとられています。特に、2024年、オーストラリアでは、16歳未満がSNSアカウントを持つことを禁止する法案が承認されたことがわが国でもニュースとなりました。その背景として、 SNS上でのいじめが原因で子どもが自殺するなど、メンタルヘルスへの深刻な悪影響が社会問題となっていたことがあげられます。 我が国の予防対策として、こども家庭庁の「令和6年度青少年のインターネット利用環境実態調査」報告書によると、10歳から17歳5,000人を対象とした調査で、インターネットの使い方について「ルールを決めている」と答えた青少年は67.5%、「ルールを決めていない」は25.1%に上っていました。また、インターネットの危険性について「説明を受けたり学んだりしたことがある」と答えた青少年は小学生が77.6%、中学生が 87.5%、高校生が90.6%に上っていました。インターネットの危険性に関する学習について、どのような内容・形式で行われるのが良いと思うかについては、「インターネットに関するトラブルについて、実例を紹介して欲しい」が54.0%、「インターネットに関するトラブルについて、対策を紹介して欲しい」が51.4%に上っています。 総務省「我が国における青少年のインターネット利用に係る調査」(2024年)によると、保護者・青少年ともに、トラブル予防・対処方法について教わりたい手段としては「学校が行う講座」「学校で配られるチラシ・パンフレット」のニーズが極めて高いことが示されています。 依存の予防教育においては、各国において、具体的な時間管理スキルやストレスの対処方法、代替行動などを伝える教育がなされはじめています(ダニエル・キング、2020)。自分が負担になる時間に友達からSNSで連絡が来たら何と伝えるか、自分のスマホの使用時間の目標を自分で考え守っていく方法や、他に興味が持てる活動を増やしていくことなど、具体的な対処スキルを伝えていく事が必要です。また、インターネットの使用開始年齢や、依存の発症年齢の低年齢化が問題視されています(Lampropoulou P. et al., 2022)。なるべく早いうちから、保護者を含めて予防教育を進めていく必要性があると思います。 今後も次々と生み出されてくるであろうSNSの依存性を含めた危険性を十分考慮し、「ネットに使われるのではなくネットを賢く使いこなせる子」を育てる方法を、手を抜かずに考えていくことが喫緊の課題となっているのではないでしょうか。 ダニエル・キング(著)、ポール・デルファブロ(著)、樋口進(監修、 翻訳)、ゲーム障害 ゲーム依存の理解と治療・予防、2020 Lampropoulou P ,Siomos K, Floros G et al. (2022) Effectiveness of Available Treatments for Gaming Disorders in Children and Adolescents: A Systematic Review. Cyberpsychology, Behavior, and Social Networking, 25 ; 1 東京都における若者の自殺対策について 東京都保健医療局保健政策部健康推進課 健康推進事業調整担当課長 小澤 康子 近年、若者の自殺が増えています。直近の令和6年では、小中高生は全国で過去最多の529名、 また、学生は全国で500名を超えており、大学等の多い東京都の方が100名程度含まれます。 自殺に追い込まれるような「生きづらさ」を抱える若者への支援は容易でないですが、喫緊の課題であり、社会全体での取組が求められています。 自殺の背景には様々な要因が複数に絡み合っているとされ、教育や福祉、産業労働など多数の部門で若者の自殺防止に資する取組が行われています。ここでは、東京都の自殺対策部門が取り組む、自殺リスクが高い若者の相談・支援事業2つについて、運営の状況等を紹介します。 【SNS相談−相談ほっとLINE@東京−】 SNS相談(生きるのがつらいと感じたら…)は、若者向けの相談窓口として、平成30年度から運営しています。同じく東京都で運営する電話相談と比較すると、20代以下の方からの相談の割合は約2倍あり、SNS相談は若者にとって利用しやすいようです。 相談対応では、相談者の生きづらさを受け止め、気持ちを落ち着かせ、悩みへの対応方法を一緒に考えるなど、相談者に寄り添った対話を心がけていますが、ときには身体や命に危険があると判断して警察等に通報することなどもあります。 近年は、年間で1万3千から5千件、1日当たり40件程度の相談に対応しており、その3から4割が20代以下の方からのものです。メッセージのやりとりで、悩みやその背景等を確認して対話を進めるには時間を要しますが、生きづらさを抱える若者の想いを受け止め、支援しています。 【東京都こころといのちのサポートネット】 この事業は、自傷行為や死にたい気持ちが続くなどの自殺リスクが高い方に対応する機関(保健所や救急医療機関等)からの相談に応じ、連携して支援するものです。 近年の子供の自殺者数増を踏まえ、令和6年度から、児童精神科医や子供への支援経験を有する精神保健福祉士等の多職種の専門家による‘子供サポートチーム’を置いています。 例年、新規相談が300件弱あるなかで、令和6年度は20代以下の若者に関する相談が90件と、これまでで最も多くなりました。若者の「死にたい気持ち」の背景には、家族からの心理的虐待や複雑な家庭環境、本人や家族の精神疾患など、容易に解消しない問題があることも多く、中には、複数年にわたって支援する事例もあります。 一人でも多くの若者を適切な支援につなげることができるよう、学校等の若者に関わる機関に事 業の活用案内を進めています。 東京都では、「こころといのちのほっとナビ」(通称:ここナビ)というホームページを設け、相談窓口の案内や自殺防止に関する情報発信を行っています。是非ご活用ください。 問合せ先 ◆東京都立中部総合精神保健福祉センター 広報研修担当 03-3302-7704 ◆東京都立精神保健福祉センター     調査担当   03-3844-2210 ◆東京都立多摩総合精神保健福祉センター 広報計画担当 042-376-6580 こころの健康だより No.144 令和 7 年 10 月発行  登録番号(6)12 編集・発行 東京都立中部総合精神保健福祉センター   03-3302-7575 印刷会社 株式会社能登浦 (次号は令和8年2月発行予定です)