こころの健康だより .142 2025年2月発行 特集 「メンタルヘルスケア」 もくじ ● 心のサポーター養成事業が始まっています 2 ● オンラインメンタルヘルスケアシステム(KOKOROBO)の活用 4 ● メンタルヘルス相談の役割と利用、相談の重要性〜これまでの流れと今後の期待〜 6 ● メンタルヘルスとセルフケア 8 この「こころの健康だより」は中部総合精神保健福祉センターのホームページでもご覧になれます。 2ページ〜3ページ 心のサポーター養成事業が始まっています 国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所   公共精神健康医療研究部部長・精神科医 黒田 直明 はじめに 「心のサポーター養成事業」(通称「ここサポ」)は、「こころの病気を持つ人に対するスティグマを持つことなく共生できる風土づくりや、こころの不調の早期発見やサポートに役立つ、知識や方法を習得する」ことを目的とした厚生労働省の事業で、2024年度から全国自治体で実施が始まっています。子どもからお年寄りまで誰でも無料で受講することができ、こころの不調に悩む身近な人をサポートする知識やスキルを2時間で学べます。精神保健の実務経験を持つ専門家が皆さんと対話しながら動画も使ってわかりやすく指導をし、自らの援助経験も交えてサポーターのお手本を示します。研修を受けることでメンタルヘルスを身近なことに感じられ、身近な人をサポートする方法を具体的にイメージできるようになります。「身近に元気がないようにみえる人がいる、何か協力したい」「でも上手に声をかけるのが難しそう。話題にしてほしくないかもしれないし」。こんな思いを持つ皆さんには「ここサポ」がお勧めです。 研修プログラムは、国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所の公共精神健康医療研究部(西大輔前部長、現東京大学教授)が中心となり、同研究所の地域精神保健・法制度研究部、認知行動療法センター、精神医学専門家、そして、こころの病気を持つ当事者の方々の協力の下で開発されました。 サポーターのちから こころの病気というと特別なものだと思われる方もおられるかもしれませんが、日本においても5人に1人が生涯の中で経験することがわかっています。そのくらい身近なものであり、「自分ごと」として捉え直していただくことが「ここサポ」研修の狙いの一つです。こころの病気の手前の状態である「こころの苦痛」を体験された方はもっとたくさんおられます。我々の生活や人生は精神的あるいは身体的なストレスの連続です。ときに多数のストレスが重なって起きたり、辛いストレスが長く続いたりすると、こころの病気や苦痛が生じやすくなります。国の調査※1によると日本人の20〜30%がストレスによるこころの苦痛を抱えています(K6というアンケート調査の合計点が5点以上)。ストレス自体は避けられない場合もあります。重要なのはこころが苦しいときに身近な人から心理的なサポートを受けられるかどうかということです。先ほど紹介した調査ではストレスや悩みについての相談状況も調べていますが、「こころの苦痛」の程度が強い人ほど、相談相手がいないことがわかります(図1)。 精神科医として外来患者さんのお話を伺っていると「ここでしか相談できない」とおっしゃる方がたくさんおられます。反対に周囲の人のちょっとした気遣いや声掛けでずいぶん元気になっていかれる場面にもよく遭遇します。患者さんがそういう人に出会うと担当医としても一安心です。薬や医師の力よりもずっと効果があったと感じることも珍しくありません。「ここサポ」では、専門家でない人たちのちょっとした声掛けによって、人々が元気づけられる力を大事にしています。 スティグマ(差別や偏見)の解消 「ここサポ」で重視しているもう一つがこころの病気や不調に対するスティグマの解消です。スティグマとは誤った知識に基づくネガティブな感情や行動のことであり、こころの病気や苦痛を抱えた人の生活や必要な援助を受けることをしづらくしてしまいます。こころの病気や不調に対するスティグマが残った社会は誰にとっても生きにくい社会です。「ここサポ」ではこころの病気や不調へのスティグマが解消するような正しい知識をお伝えしたうえで、動画を使ってこころの病気からのリカバリー(回復)について当事者の方の体験を聞いていただきます。こころの病気を自分ごととして考え、誰もが自分らしいリカバリーの道のりを安心して歩める地域づくりに協力することもサポーターの役割なのです。 研修の効果 2023年度までのモデル事業の効果を検証した我々の研究結果※2では、研修受講者は研修前と比較して、こころの病気に対するスティグマが低下し、メンタルヘルスリテラシー(心の健康行動に対する心構えやライフスキル)が向上し、こころの病気の知識が高まっていることが確認されました。さらに研修を受けた人の6ヶ月後の追跡調査では研修前よりもこころの苦痛の得点が低くなっていました。こころの病気を持つ人をサポートする方法を学ぶことは自分自身のこころのケアにもなるのかもしれません。 専門職のみなさまへ  ここサポ指導者について 医師、保健師、看護師、精神保健福祉士、公認心理師等の国家資格を有しており、精神保健に携わる方、またはメンタルヘルスファーストエイド等の心の応急処置に関する研修を既に受講している方が指導者になっていただくことができます。指導者になるには2時間のオンライン講習と追加の研修動画(30分程度)を修了いただく必要があります。指導者用テキスト、サポーター養成研修で使用するスライド教材が準備されています。これらに準拠してわかりやすく知識を伝え、ご自分の体験も活かしながらロールモデルを示し、実際に活動してみようとサポーターを動機付けていただくのが指導者の役割です。研修実施を通じて自治体のメンタルヘルス担当職員と地域について意見交換する機会にもなるかもしれません。2024年度は指導者養成研修が8回開催されました。来年度以降も継続開催の予定ですので、ご関心のある方はホームページ※3でご確認をお願いします。 おわりに 「ここサポ」は、これからの日本のメンタルヘルスを支える地域のあり方である「精神障害にも対応した地域包括ケアシステム」を構築するための重要な取り組みの一つでもあります。2033年度末までに全国で100万人の方にサポーターになっていただくことを目標に掲げています。2024年10月31日時点で全国のサポーター数は全国で12,682人※3です。住民、自治体職員、地域の専門職の皆さんの「ここサポ」への関心が高まり、養成事業を実施する自治体が増えていってくれるように願っています。こころの病気や不調があっても生きやすい社会になるように一人一人が役割を果たしていきましょう。 (参考) ※1 「国民生活基礎調査」、厚生労働省、2022 ※2 Iida M, Sawada U, Usuda K, Hazumi M, Okazaki E, Ogura K, Kataoka M, Sasaki N, Ojio Y, Matsunaga A, Umemoto I, Makino M, Nakashita A, Kamikawa C, Kuroda N, Kuga H, Fujii C, Nishi D. Effects of the Mental Health Supporter Training Program on mental health-related public stigma among Japanese people: A pretest/posttest study. PCN Rep. 2024 Mar 15 ; 3 (1) : e176. ※3 ここサポWebページ https://cocoroaction.jp 4ページ〜5ページ オンラインメンタルヘルスケアシステム(KOKOROBO)の活用 国立精神・神経医療研究センター   病院 情報管理・解析部 臨床研究計画・解析室長 竹田 和良 1.はじめに -コロナ禍の行動変化とメンタルヘルス- 現在、新型コロナウイルス(COVID-19)感染症は終息とはならず、未だ続くものの、当初のような制限はなくなり、コロナ禍以前に様々な点で戻っていますが、コロナ禍で生じた行動変化は、日常的な人との繋がりを変化させて、メンタルヘルス上の問題になりました。 ここでは、国立精神・神経医療研究センターを中心にコロナ禍を契機に開発したオンラインメンタルヘルスケアシステム(KOKOROBO)について説明し、メンタルヘルスケアを当たり前にする全世代型オンラインメンタルヘルスプラットフォーム (KOKOROBO-J) 開発にむけた活動を紹介いたします。 2.オンラインメンタルヘルスケアシステム(KOKOROBO成人版) 2020年5月、新型コロナウイルス感染症パンデミックにおいて、国連は、オンラインメンタルヘルスケアシステムの早期基盤整備を提言しました。我が国では、これまで心理的応急処置(Psychological First Aid, PFA)を用いた災害現場や避難先での支援は行ってきましたが、接触・外出制限を必要とする感染症パンデミック及びこれに伴う社会変動下でメンタルヘルス不調への初期対応は標準化されていませんでした。 そこで、2020年11月より、日本医療研究開発機構(AMED)の支援をうけ、国立精神・神経医療研究センターが代表機関となり、6つの大学と連携して、オンラインメンタルへルスケアシステム(KOKOROBO成人版)を開発し、無料公開しました。 (https://ncnp.mentalhealth-platform.jp/kokorobo_adults/) 3.オンラインメンタルヘルスケアシステム(KOKOROBO)について KOKOROBOでは、スマホやPCからいつでもホームページにアクセス可能で、居住環境や就労状況などの基本情報と気分・不安・睡眠に関する質問によるセルフチェックを行います。その結果から、メンタル不調の重度分類を行い、不調度が軽度未満では、1ヶ月後の再評価を、軽度では、非対人で自身の考えを整理するAIチャットボット(認知行動変容アプリ)を、中等度以上では、LINEやWebチャットを用いたSNS相談、あるいは、専門家が行うPFA(RAPID PFA)を用いた心理師や医師による、無料のオンライン相談を推奨し、オンライン相談で必要な場合は、連携医療機関への受診支援が可能なシステムです。 KOKOROBOには対象地域が設定されており、2025年1月現在、東京都全域、福岡市、米子市、京都市、名古屋市、豊田市、新城市、静岡市、横浜市、所沢市、川口市、千葉市、銚子市、郡山市、仙台市となっています。対象地域は、自治体と広報で協力し、オンライン相談後に、紹介できる連携医療機関が確保できている地域で、対象地域に在住、在勤、在学されている方が利用可能です。 基本情報では、先に示したものの他に、家族や他者とのコミュニケーションの度合いや、悩みの内容などを回答いただきます。気分については、PHQ-9(Patient Health Questionnaire-9)、不安についてはGAD-7(Generalized Anxiety Disorder)、睡眠については、ISI(Insomnia Severity Index)とよばれる国際的に活用されている尺度(質問)を用いてメンタル状態についてセルフチェックをしていただきます。これらの結果から、軽度未満、軽度、中等度以上の重度判定を行い、結果をフィードバックし、推奨対処法をご提案します。初回アクセス以降、原則1か月毎にフォローアップをおすすめしており、フォローアップ時には、自動的に登録いただいたメールアドレスに通知をいたします。 AIチャットボットは、ストレスケアを目的に、認知行動療法の専門家である大野裕先生が企業と共同開発した「こころコンディショナー」を、研究班で若年者の使用も視野に入れて改良したバージョンを利用いただけます。 SNS相談については、NPO法人東京メンタルヘルス・スクエア様のSNS相談「こころのほっとチャット」を利用いただけます。 オンライン相談は、一般人でも使用できるPFAをもとに精神保健医療者向けに作成されたRAPID PFAを取り入れて実施します。RAPID PFAはジョンズホプキンス大学により開発され、九州大学の中尾智博先生らのグループが作成した日本語版を用いて、研修を修了した心理師や医師が、無料でZoomを用いた40分間のオンライン相談を実施します(カメラのオン/オフは任意で選択できます)。相談内容によって、医療の必要性がある場合は、ご本人の同意のもと、連携医療機関をご紹介する場合があります。 4.有用性と特徴、今後 2021年4月末に運用開始し、2024年12月時点で、40万件を超えるHPアクセスがあり、約9000名の方にユーザー登録をいただいています。登録者のうち、約4000名の方から、研究同意を得て、データの分析をしています。20代から50代の方を中心に広くご利用いただいておりますが、70%の方に、中等度以上のメンタル不調が認められました。 初回と1ヶ月後の利用時でデータを比較すると、気分、不安、睡眠の改善、さらにQOL(生活の質)の向上が認められており、今後、さらに高度な検証をすすめ、効果について、情報発信します。また、より短時間で重度判定が可能になるよう、質問数をしぼったアルゴリズムを開発中です。 5.児童・思春期を含めた、ライフコースで利用できる全世代型オンラインメンタルヘルスプラットフォーム(KOKOROBO-J)にむけて ニュージーランドの出生コホート(ダニーデンコホート)では、18歳までに59%が、45歳までに86%が、精神疾患の診断基準を満たすことが報告されています。これは、若い世代でのメンタルヘルスケアが重要であること、誰もが生涯において、一度はメンタル不調を経験することを示しています。 ユニセフの調査では、日本の子供の身体的幸福度がOECD加盟国中1位であるのと対照的に、精神的幸福度は、OECDに加盟する先進国の中で37/38番目と極めて低いことを報告しており、若い世代の日常生活上のストレス等の精神的健康の課題が浮き彫りとなっています。 私たちは、「メンタル不調は、生涯の中で、誰もが一度は経験する」ことを前提として広く周知し、その対応として「メンタルヘルスケアが当たり前の社会」の実現を目指しています。そのため、こどものときから、個人が、日常的に、自分に合った方法で、メンタルヘルスケアを行い、一人ひとりの精神的幸福感を育むことができるよう、全世代型オンラインメンタルヘルスプラットフォーム(KOKOROBO-J)の構築を目指しています(https://ncnp.mentalhealth-platform.jp/)。現在、その土台として、AMEDの支援をうけ、KOKOROBO中学生版・小学生版の開発を開始しています。 コロナ禍を経験する中で、大人も子供も、普段の何気ない人のつながりがとても重要であること、身近にメンタル不調は存在し、明らかな不調まではいかなくとも、社会変動の中で、自分自身でストレスや気分の変化を実感したと思います。 今こそ、「メンタル不調は、生涯の中で、誰もが一度は経験する」ことを前提として受け入れ、KOKOROBOを土台として、「メンタルヘルスケアが当たり前の社会」を実現できるよう、取り組んでまいります。 6ページ〜7ページ メンタルヘルス相談の役割と利用、相談の重要性 〜これまでの流れと今後の期待〜 特定非営利活動法人メンタルケア協議会    副理事長 西村 由紀 NPOメンタルケア協議会では、メンタルヘルスに関わる相談業務に取り組んで23年となる。この間、精神科受診者数の増加、COVID-19の流行による不安の増大など、アクセスしやすいメンタルヘルス相談の重要性が高まってきた。特に夜間や休日にも利用できる電話相談やSNS相談について、その役割や課題、今後の期待について考えていきたい。 広くこころの問題を取り扱う電話相談には、大きくわけると二つの流れがある。ひとつは、保健所や精神保健福祉センターなどの行政が提供し専門職が対応することの多い“精神保健福祉に関する情報提供や、必要な支援につなげるための相談”である。もうひとつは、1953年に英国で始まり、日本にも1970年代から広がってきた『いのちの電話』のように、“良き隣人として心に寄り添い傾聴する相談”である。電話の受け手は、徹底した傾聴訓練を何年も受けたボランティアで、日々研修を受けながら対応している。実際には前者も後者の機能を求められ、心への寄り添いを大事にして対応するため、両者の区別は明瞭ではない。 東京都でも、夜間の精神保健福祉相談を長く実施している。2003年度までは、3つの精神保健福祉センターと都立保健所が輪番で、平日準夜帯に電話相談を実施していた。しかし2004年度から、輪番をひとつにまとめて『東京都夜間こころの電話相談』とし、別事業とした。その事業をメンタルケア協議会が引き受けることになった。その後、土日祝にも拡大され、回線数も増やされながら、365日17〜22時(受け付けは21時半まで)の相談業務が続いている。成り立ちは精神保健福祉の情報提供等を担う相談窓口であるが、実際に相談される方の多くは既に支援を受けていて、新しい情報提供を求めるというより「日々の辛さを聞いてもらいたい。不安な夜をしのぐために電話をかけた。」と訴えられる。 一方、バブル経済が崩壊した1990年初め頃から自殺者が増え始め、1998年以降は自殺者数が年間3万人を超える年が続いた。自殺対策の必要性が叫ばれるようになり、2006年には国の自殺対策基本法が制定された。自殺防止対策として電話相談が注目され、自治体が電話相談を立ち上げたり、民間の電話相談に補助金を出すようになった。その結果、前述のふたつのタイプの電話相談が拡がった。 東京都では、2010年4月に『東京都自殺相談ダイヤル〜こころといのちのほっとライン〜』が新しく立ち上がり、メンタルケア協議会が受託した。このダイヤルを立ち上げるにあたり、東京都の自殺対策部署から求められたのは「自殺の原因となる問題を解決する適切な相談窓口へ繋ぐハブのような役割」であった。「自殺はたくさんの問題が重なり、追い詰められた末に起こる」と考えられていて、その問題を一つひとつ解決していくことが自殺対策と考えたのである。 メンタルケア協議会では、『東京都自殺相談ダイヤル』開設に向けて、たくさんの問題解決機関へ挨拶回りした。多重債務の相談機関を訪問し、生活保護の窓口や社会福祉協議会の職員に制度説明を受けた。労働相談センター、児童相談センター、地域包括支援センター、女性相談センターの職員からは、労働問題や各種の虐待DV、被害者の支援制度について学んだ。障害福祉や精神医療、依存症の治療や自助グループも案内できるように学んだ。LGBTQや発達障害を持った方が生きづらいと話題になれば、当事者や支援者を講師に招いてお話を聞き、少しでも理解を深め、適切な相談窓口を案内できるように勉強を重ねた。 しかし、『東京都自殺相談ダイヤル』で電話相談を始めてすぐにわかったことは、多くの相談者は「既に様々なところへ相談し、知識も情報も持っている。解決のための道筋はわかっているけれど、死にたくなるほどの辛い気持ちは解消されない。」と訴えられるのである。もちろん必要な方には適切な相談機関へ確実につながるまでお手伝いをするがそれはごく僅かであり、ほとんどすべての方が「まず話を聞いてほしい」のである。その需要に応えるべく、開設時間や回線数を増設しながら、今は365日12時〜翌朝6時まで(受け付けは5時半終了)開設されている。 『東京都夜間こころの電話相談』も、『東京都自殺相談ダイヤル』も、たくさんの相談者が電話をかけてこられ、中には四六時中でも話をしたい方もいる。相談件数は相談員が取れる限界を超えている。どんなに頑張って効率よく電話対応をしても、受けられる相談件数は頭打ちとなっている。東京都内の方のみが対象のこれらの相談窓口はまだ繋がりやすいほうで、理論上は何度かかければ繋がる。全国から相談を受けている一般社団法人日本いのちの電話連盟が統括する『いのちの電話』や一般社団法人社会的包摂サポートセンターが運営する『よりそいホットライン』などは、もっと苦労されているとお聞きする。 2015年頃から、LINEなどのチャットを利用したSNS相談が注目を浴び始めた。『東京都自殺相談ダイヤル』のチャット版も、2016年10月から『相談ほっとLINE@東京』のLINE公式アカウントの中に『生きるのがつらいと感じたら・・・』というタイトルで相談を開始した。たくさんの人員を投入し、電話に比べればずっと繋がりやすい状況を維持できている。しかし、電話に比べるとやりとりに時間がかかり、相談者の様子もわかりにくく、適切な対応ができているか不安が残ることも少なくない。声を出さなくてもいい、ご自身のペースで相談ができるチャットは、特に若い女性が利用しやすいようだ(図)。しかし、相談の中で本当の悩みにたどり着くことは、電話よりも難しく時間がかかる。チャットで少し相談に慣れたら、ぜひ電話相談にチャレンジしてもらいたい。 COVID-19の流行で対面相談や人との交流が制限される中、不安を和らげるために電話やSNSなどの非接触型の相談が推奨された。テレビのテロップに案内が常に表示されていた時期もあり、相談窓口を知らなかった方、知っていても利用するのに抵抗のあった方にも利用してもらえるようになった。しかし回線パンク状態は悪化し、専門相談員の育成・増員には限界がある。そこで、専門資格や難しい研修は不要で、電話相談やチャット相談に興味のある一般の方が、比較的簡単な研修を受けて相談を受けるという流れが一部広がっている。ご近所さんが話し相手をしてくれるような役割を電話やSNS相談が担うのである。他人の話を聴くことに多くの人が興味を持つようになることは、生きやすい世の中に繋がるかもしれない。 しかし、COVID-19以降、不登校の子どもが激増し、友人はSNSやオンラインゲームの中だけという人も増えた。リアルな人間関係よりも手軽にバーチャルな関係で完結することが、果たしてメンタルヘルス上良いことなのだろうか。バーチャルな人間関係では過度な依存とブロックが繰り返されやすく、信頼関係が築かれにくい。 メンタルヘルス相談も、最初の入り口としてチャットを利用してみて、電話相談にもチャレンジしたら、勇気をもって「専門的な相談や支援が必要な場合には、対面の相談や継続した支援関係を持つ」「日常の不安や孤独を癒したいなら、リアルな人とのつながりを作って大事にする」をしてほしい。メンタルヘルス相談はそのお手伝いであると思う。電話やチャットは相談の入り口やうまく行かない時の一時しのぎの手段であることを心に留め、今の生活をより良いものにするために活用していってほしい。 8ページ メンタルヘルスとセルフケア 東京都立中部総合精神保健福祉センター    広報援助課長 檀上 園子 はじめに メンタルヘルスにおけるセルフケアとは、自らのストレスに気づき対処するための知識や方法を習得し、予防対処することです。本稿では日常生活の中で取り入れることのできるセルフケアについてご紹介します。 セルフケアの実践 1,毎日の生活習慣を整える 食事や睡眠、運動のような日常生活における習慣の改善は体の健康のみならず、メンタルヘルスにおいても重要です。地中海料理や和食のような健康的な食事をとる、果物や野菜、豆類を多く摂取することは、うつ病の発症リスクの軽減と関連があることが報告されています1)。睡眠の問題は、うつ病など精神疾患の発症初期から出現し、再燃・再発リスクを高めることが知られているとともに、睡眠の問題自体が精神障害の発症リスクを高めるという報告もあり、適正な睡眠時間を確保し睡眠休養感を高めることが重要です2)。身体活動の実施は、うつや不安の症状軽減や、思考力や学習力、総合的な幸福感を向上する3)とされることからも、今の生活よりも少しでも多く体を動かすことを意識すると良いでしょう。 2,ゆっくり深い呼吸をしてみる 座禅やヨガにおいても、呼吸法は心と体を整える重要な要素の一つです。マインドフルネスストレス低減法を提唱したJ.カバットジンは「呼吸に注意を集中することで、心と体の落ちつきが得られる」4)としています。厚生労働省「こころもメンテしよう」では「腹式呼吸を繰り返す」ことでリラックスする方法を紹介しています5)。リラックスのための呼吸法は様々ありますが、多くのものが「呼吸に意識を向けて」「ゆっくり・長く」「腹式呼吸」を行うことがポイントになります。呼吸法であれば今すぐ実践できますので、まずはゆっくりと深呼吸をしてリラックスする感覚を実感してみましょう。 3,考え方の「くせ」に気づきストレス閾値を上げる 例えば、「あなたがお店のレジに並んでいた時に、途中から来た人が先に会計を済ませた」といった出来事があったとします。この時に頭に浮かんだ「考え(認知)」によって、私たちの気持ちや行動は影響を受けます。気持ちや行動を修正することは非常に難しいですが、頭に浮かんだ認知をバランスの良いものに変えることで、心のストレスを軽くしていく治療法を「認知療法・認知行動療法」といいます6)。認知療法・認知行動療法は、考え方の「くせ」に気づき、困難を乗り越えていくことが出来るようストレスに対する強い心を育てる方法です。認知療法・認知行動療法に基づいた、自分で行うためのアプリや書籍もいくつかありますので、日常的に取り組んでみると良いかもしれません。 おわりに 普段の自分と違うことにいち早く気づき、セルフケアを実践することは、メンタルヘルス不調の予防に効果的です。しかし、不調が長く続く時や苦痛がいつもより強い時は、「自分は大丈夫」と過信することなく、身近な人への相談や専門家への支援を求めていただきたいです。 参考資料 1) R S Opie, et al: Dietary recommendations for the prevention of depression. Nutr Neurosci 20(3) : 161-171, 2016. 2) 厚生労働省: 健康づくりのための睡眠ガイド 2023. https://www.dietitian.or.jp/trends/upload/data/342_Guide.pdf 3) 厚生労働省: 健康づくりのための身体活動・運動ガイド 2023. https://www.mhlw.go.jp/content/001194020.pdf 4) J. カバットジン: マインドフルネスストレス低減法. 北大路書房. 5) 厚生労働省:「こころもメンテしよう」 https://www.mhlw.go.jp/kokoro/youth/ 6) 厚生労働省: うつ病の認知療法・認知行動療法治療者用マニュアルhttps://www.mhlw.go.jp/bunya/shougaihoken/kokoro/dl/01.pdf 東京都 こころの健康だより No.142 令和7年2月発行 発行 ◆東京都立中部総合精神保健福祉センター広報研修担当  〒156-0057 世田谷区上北沢二丁目1番7号 電話 03-3302-7704 FAX 03-3302-7839 ◆東京都立精神保健福祉センター調査担当  〒110-0004 台東区下谷一丁目1番3号 電話 03-3844-2210 FAX 03-3844-2213 ◆東京都立多摩総合精神保健福祉センター広報計画担当  〒206-0036 多摩市中沢二丁目1番地3 電話 042-376-6580 FAX 042-376-6885 登録番号(5)14 (次号は令和7年6月発行予定です)